私が最初に「死」を意識したのは小学校3年生です。
それが最初ではありますが、本当は生まれてから30年以上、
無意識(本当に知らなかった)に、ずっと「死」に向かっていました。
例を挙げると、
10代後半と30代前半に発症した摂食障害、
車の運転中はどんなに睡眠時間をとった日でも眠くなる、
毎夜眠ることに罪悪感を感じ、わずかな時間でも休んではいけないと脅迫的に動いてしまう、
異常な飲酒の仕方をする、
などなど、今から振り返ると「ちょっと・・・」という行動を(無意識に)繰り返してきました。
けれども34歳の時、ガツンとくるカウンセリングの先生に出会い、
定期的にカウンセリングを受け、学んでいくうちに、
少しずつ、本当に楽に深く呼吸ができるようになりました。
親からされたことは無意識に子どもにもしてしまう「世代間連鎖」こんな言葉を聞いたことはありませんか?
この言葉にずっと恐怖し、自分の子どもたちには自分の生きづらさを伝えてはいけない!
と思いつつも、自分の中から湧き出る未完了の感情と戦う日々でした。
が、今ではなんということでしょう。
自己肯定感があふれる子どもたちと幸せな毎日を暮らしています。
昔は、「ママが本当に嫌いな時期があった」と言われていましたが、
今では、「ママラブ」「なんか触りたくなるんだよね、ママって」とすでに成人している子どもたちから愛の言葉を受け取っています。
ここでは、昔から最近までの些細な日常のことから考察した、
私が変えた行動や言葉がけ、この本を読んでよかった、こうして乗り切った!というようなものを書いていこうかと思います。
子どもとの関係を変えるのはいつだって自分が変わることで可能になる!
その思いが伝わるといいなと思います。
離婚後もパパとママで子どもを育てる〜22
離婚後、週の数日は、ママの家ですごす。 残りの数日は、パパの家ですごす。離婚するときにそんな取り決めをして 6年たった今現在も進行中。良いこと難しいことをこまごま書いてみてる。 そもそも、別れた後も、2人で子育て… というには、別れていない時よりも 難しい事が沢山生じる。いわゆる、どちらがどれだけやるか? 親権を持っていない向こうからすれば、 いや、そっちが親権者なんだから、 やるべきじゃね?って思ってるだろうし、こちらからすれば、 いやいや、親でしょう? 子どもたちがそっちにいる間の 色々な出来事は、 ...
離婚後もパパとママで子どもを育てる〜20
離婚後、週の数日は、ママの家ですごす。 残りの数日は、パパの家ですごす。離婚するときにそんな取り決めをして 6年たった今現在も進行中。良いこと難しいことをこまごま書いてみてる。 家が2つあることは、 子どもにとって、ストレス源。自分のお気に入りのものや、 教科書、ノート、筆記具、 学校で必要な道具、 着やすい服、習い事の道具…etc どちらの家に何があるか、 中々全てを把握できない。 私は、家の中のものの管理が 得意な方なので、 何がどこにあるのか、 口頭で説明出来たりする。子どもたちは、 小さい時はなか ...
離婚後もパパとママで子どもを育てる。〜4
この生活を始めて、まず、直面した困ったこと。それは…服娘も息子も、まだまだ小さいからと思っていたが、今日はあの服がいい! あの服じゃなきゃやだ! 学校で必要な体育着がない!暮らす家が2つになったことに伴う、子どもにかける不便さは出来るだけ減らしたい。その思いで動く分、その辺りにかかる負担は思いのほか、大きい。うちも、そう余裕があるわけでもないので、必要最低限のものしか買えない。必要なものが、相手の家にあるときは、必然的に取りにいかなくてはならない。このちょこちょこした動きは、思いのほか、時間をとられたり、 ...
節目の行事はみんなでお祝いしていた本当の理由【離婚後もパパとママで子どもを育てる〜046】
共同子育てもそろそろ終盤です。子ども達は成人して、大学を卒業すればひとまず、子育ては終了とみなしています。 大学生にもなれば、高校生の時のような制約もなく、時間も比較的自由に自分で決めることができます。お金を稼ぐことも、自分でいかようにもできます。 子ども達へは「父親の誕生日には必ずなんらかの形でお祝いの気持ちを表すように」と伝えてあります。 私自身はすでにお祝いに参加することはありません。子ども達が高校を卒業する前後ぐらいに、やらないことに決めました。 子ども達の多感な時期は過ぎた、と判断したからです。 ...
離婚後もパパとママで子どもを育てる。〜2
夫婦2人で離婚を決めた。 やはり、争いになったのは子供たちの親権のこと。 付き合っているころから夫婦になってからも、喧嘩らしい言い争いはした記憶がないほどの関係性だったのに、この時は、お互い譲らなかった。 それでも、お互いの妥協点を探し、落とし所を決め、いくつかの取り決めをして、現在の状態に落ち着いた。 文書を法的に認められる公的書類にする予定だったが、忙しくて実行に移せず。 それでも、お互い、その時の約束ごとを守りながら、5年過ぎている。

