私が最初に「死」を意識したのは小学校3年生です。
それが最初ではありますが、本当は生まれてから30年以上、
無意識(本当に知らなかった)に、ずっと「死」に向かっていました。
例を挙げると、
10代後半と30代前半に発症した摂食障害、
車の運転中はどんなに睡眠時間をとった日でも眠くなる、
毎夜眠ることに罪悪感を感じ、わずかな時間でも休んではいけないと脅迫的に動いてしまう、
異常な飲酒の仕方をする、
などなど、今から振り返ると「ちょっと・・・」という行動を(無意識に)繰り返してきました。
けれども34歳の時、ガツンとくるカウンセリングの先生に出会い、
定期的にカウンセリングを受け、学んでいくうちに、
少しずつ、本当に楽に深く呼吸ができるようになりました。
親からされたことは無意識に子どもにもしてしまう「世代間連鎖」こんな言葉を聞いたことはありませんか?
この言葉にずっと恐怖し、自分の子どもたちには自分の生きづらさを伝えてはいけない!
と思いつつも、自分の中から湧き出る未完了の感情と戦う日々でした。
が、今ではなんということでしょう。
自己肯定感があふれる子どもたちと幸せな毎日を暮らしています。
昔は、「ママが本当に嫌いな時期があった」と言われていましたが、
今では、「ママラブ」「なんか触りたくなるんだよね、ママって」とすでに成人している子どもたちから愛の言葉を受け取っています。
ここでは、昔から最近までの些細な日常のことから考察した、
私が変えた行動や言葉がけ、この本を読んでよかった、こうして乗り切った!というようなものを書いていこうかと思います。
子どもとの関係を変えるのはいつだって自分が変わることで可能になる!
その思いが伝わるといいなと思います。
離婚後もパパとママで子どもを育てる。〜5
パパとママ、双方の家の行き来。服と同時に私の頭を悩ませたのは、学用品。教科書は、大きな袋にまとめてお互いの家を行き来するときに持って行く。他、筆記具や学校にたまに必要になるリコーダーや鍵盤ハーモニカ、粘土板などは基本的に私の家に置いて、管理。 子どもが必要な時、例えば、パパの家にいる時に必要だったとしたら私が持って行く、という方法をとっていて今も変わらない。 子どもたちがパパの家にいるときは毎朝、なにかしら電話をかけてきて、あれがないこれがないから持ってきて!こちらもパパの家にいる日は顔を見れず寂しいので ...
離婚後もパパとママで子どもを育てる〜20
離婚後、週の数日は、ママの家ですごす。 残りの数日は、パパの家ですごす。離婚するときにそんな取り決めをして 6年たった今現在も進行中。良いこと難しいことをこまごま書いてみてる。 家が2つあることは、 子どもにとって、ストレス源。自分のお気に入りのものや、 教科書、ノート、筆記具、 学校で必要な道具、 着やすい服、習い事の道具…etc どちらの家に何があるか、 中々全てを把握できない。 私は、家の中のものの管理が 得意な方なので、 何がどこにあるのか、 口頭で説明出来たりする。子どもたちは、 小さい時はなか ...
離婚後もパパとママで子どもを育てる〜19
離婚後、週の数日は、ママの家ですごす。 残りの数日は、パパの家ですごす。離婚するときにそんな取り決めをして 6年たった今現在も進行中。良いこと難しいことをこまごま書いてみてる。子どもが大きくなるにつれて、 親がやらなければならない、 活動ややる事も増えてくる。要するに、 PTA活動 スポーツ少年団の保護者役員 自治会 習い事の送迎 学校の面談 学校行事の参加 などなど…育児をする上で、 これらの事は ボディブローのように効いてくる。大抵は土日や平日夜などに 活動するのだけど、まず、 家事にしわ寄せ。 休憩 ...
シングルマザーは特に後回ししがち!自身の健康チェックと健康診断の大切さ
シングルマザーとしての生活は、仕事や家事、育児に追われる中で、自分自身の健康管理を後回しにしてしまいがちです。しかし、自分自身の体型や健康に気を配ることは、日々の生活の質を向上させるだけでなく、子供たちの心身にも良い影響を与えます。健康を維持するためには、日常生活に健康的な習慣を取り入れることが必要です。バランスの取れた食事を心がけること、適度な運動を続けること、十分な睡眠を取ることが基本となります。 自分の身体に気を配り、大切にしてたらいつの間にか健康はもちろん、体型も整っていた! そんな未来を実現する ...
離婚後もパパとママで子どもを育てる〜21
離婚後、週の数日は、ママの家ですごす。 残りの数日は、パパの家ですごす。離婚するときにそんな取り決めをして 6年たった今現在も進行中。良いこと難しいことをこまごま書いてみてる。子どもたちの学校は、 パパの家が学区内。 ママの家は、学区外。 でも、そう遠くもない場所にあり、 転校はしなかった。 なので、子どもたちは 学区外通学ということで、 市に申請をしていた。ここで、忘れてはいけないのが、 市への申請と学校への申請。市の申請は、 小学校から中学校へ上がる時などの数年に一度。 …わすれるわ!! 学校の先生へ ...

